2008年06月04日
まさにYES WE CAN
全力を尽くしている時にこそ 最良の方法が恵まれてくる。
考えていれば必ずアイデアは湧いてくる。
助けてくれる人やキーマンと出会える。
他のチームの監督に去年言われた話だが
「先生も何もかもやらないときがすまないタイプでしょ」と言われたことがある。
前の職場の上司にももっと仕事を下に振れとよく言われたものだ。
確かに、少し前までは自分が何もかもやらないと気がすまなかった。
また馬車馬のように猛烈にあれこれしまくっていたのも事実だ。
自分以外がやってくれると思わなかったり、正直できると思えなかったり、少しやると人間必ず自分を過大評価しだすのが鼻についたりして、本当に小物ばかりだなと感じていた。
しかし何だろう、そんなことも含めて任せれるようになったし、不思議だ。
前述のようなことも少なくなった気がする。
自分が変われば周りが変わるということかもしれない。
周りは変わってなくて、自分が変わっただけかもしれない。
とにかく自分は自分のするべきことに全力を投入できるということはありがたいことである。
そこまでのお互いの積み重ねや信頼ができるまでの歴史はあるのはもちろんだが、みんな私も含めて大人になってきたということかもしれない。
非常に頼りになる人間、つまり創れるタイプが増えてきている。
そういう彼らはまだまだ子どもっぽいところもありながら、確実に下の後輩や大学生たちにいい影響を与え始めている。
認めてほしいと思う時や自己顕示する時は人は眉をひそめるが、自然とできる優しさや段取りに、みんな人知れず頭を下げる。
~さんでなきゃと言い始める。
そして自分の居場所ができ、存在価値や自己効力感を得ることで、自信は確信になる。
多少の価値観のずれややり方の違いはありながらも、それを包み込んでいけるチーム力が備われば、人も組織もお互い様の世界、共生の世界を創造できる。
合わない人間や癖のある人間、わがままな人間を自立させるような厳しくも温かく強いチームを創り上げ、魂のバイブレーションをおこすために私は自分が存在すると確信している。
去年よりも今年、今年よりも来年、そのためには今日よりも明日。
今よりもその後に、結果が出るような今であり続けないといけないといけない。
原因のない結果はない!自分の将来を見たくば現在の因を見よ。
俺は頑張っていますと言いすぎる人間も悲しいが、何していいかわかりませんや、やってくれたらいいじゃないですかはいい加減卒業しろよ。
人に求めすぎる人間、自分を過大評価しすぎる人間は揃って仕事をおろそかにする傾向があるという人がいた。
気をつけましょう!お互いに。
我々の夢はまだまだちっぽけではかない。
もっともっと先は長いし、努力を要する。
我々には必ずできる!やらなければならない!潮目は変わった。
のんびりしている場合ではない。
評論家や解説者や自意識過剰はおいていくで。
心の鐘を鳴らし続けなければならない。
現実のさみしさと夢の遠さの間にある、矛盾を克服するその日のために、力を蓄え続けながら走り続けるぞ!

